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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)968号 判決 1985年9月30日

原告

若松平

被告

埼玉県民共済生活協同組合

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二主張

一  請求原因

1  保険契約の締結

(一) 原告は、被告との間に、昭和五〇年六月一日、交通災害により死亡または廃疾となつたときの給付額を一〇〇〇万円、保険期間前同日から原告が六〇歳になるまで、保険金受取人を若松明とする生命共済(団体生命保険)を生命共済(団体生命保険)加入証書に準拠して締結した(以下、「本件契約」という。)。

(二) 本件契約には、共済加入者が交通災害により死亡または廃疾となつたときのほか、後遺傷害二級は七〇万円、三級は五〇万円、四級は三〇万円、五級は一五万円、六級は一〇万円を給付する旨の条項がある。

2  事故の発生

(一) 日時 昭和五〇年七月一七日午後二時三〇分ころ

(二) 場所 浦和市大字南部領辻三一一五番地

(三) 加害車両 普通乗用自動車(埼五五つ九一七九号)

運転者 高橋圭子

(四) 被害車両 普通乗用自動車(練馬五五ら三〇二一号)

運転者 原告

(五) 訴外車両 普通乗用自動車(埼五六せ二〇七五号)

運転者 木村義男

(六) 事故の態様 本件事故現場は別紙図面記載のとおりであるところ、原告が優先道路を越ケ谷市から大宮方面に向かつて時速五〇キロのスピードで現場附近に直進してきたとき、加害車が大崎方面から中野田方面へ行くため本件交差点にさしかかつた。このような場合、加害車の運転者は一時停止の標識に従つて一時停止をして優先道路を通行する左右車両等の安全を確認し、徐行して衝突事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これらの注意義務を怠り、右交差点で漫然とブレーキとアクセルを踏み間違えるという重大な過失を犯して原告の目の前に飛び出した。原告は、瞬間的に右へハンドルを切つたが原告車左側面に加害車前部が衝突した。原告の上体は左へ倒れ夢中でハンドルを左へ切り返したが上体は時計の振子のように右ドアにあおられ頭を強打し、頭の中が動いてガーンとした状態になつてハンドルを右へ引いて起き上つた。この動作で原告車はジグザグ運転になり、原告車の前部が五〇キロのスピードで直進してきた訴外車の右側面に衝突した。このため原告上体は再びもち上り、頭部は後にあおられ、前にガクンと屈折して目の前がまつ暗になつて意識を失つた。

(七) 受傷の内容 頭蓋骨骨折、脳内出血、外傷性てんかん、頸椎骨折、頚椎骨折に伴う脳動脈椎骨動脈変形、及び脳幹の血流障害、脳血栓初期の状態頭部数ケ所出現、頸椎外傷による左上肢脈搏消失、心頻拍症、胸椎十二番、腰椎一、二番骨折、腰椎四、五番骨折

3  後遺障害

原告は、右事故により、廃疾となつた。

よつて、原告は、被告に対し、本件契約に基づき、一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年二月一一日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因対する認否

1  請求原因1(一)の事実中、交通災害の死亡と廃疾の給付額が一〇〇〇万円とあるのは否認し、その余は認める。交通災害の死亡と廃疾の場合は、一時払が九一〇万円、年金払が一〇三二万五五七六円である。

なお、昭和五〇年六月当時、被告が本件契約に基づき、かつ、給付の要件が備わつたときに、給付すべき相手方は、死亡によるものでないときは共済加入者たる原告である。

(二)の事実は否認する。本件契約によつて、被告が、交通事故につき、共済加入者に給付する場合は、共済加入者の死亡と廃疾の場合に限定していたものであり、右以外の後遺障害についても給付するようになつたのは、昭和五一年八月一日以降発生の交通事故についてである。

2  同2の事実中、交通事故が昭和五〇年七月一七日、原告主張の場所で発生したことは認め、その余は知らない。

3  同3の事実は争う。

第三証拠

記録中の証拠目録記載のとおり

理由

一  請求原因1(一)の事実中、交通災害の死亡と廃疾の給付額が一〇〇〇万円とある部分を除き当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲一号証の一及び二、甲一八号証、並びに弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる乙一号証によれば、交通災害の死亡と廃疾の場合の給付額は一時払が九一〇万円、年金払(五回四ケ年)が一〇三二万五五七六円であること、廃疾とは労働者災害補償保険法施行規則別表第一に定める障害等級表(以下「別表」という。)の第一級とするとされていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)の事実について判断するに、前掲甲一号証の一及び二、第一八号証、乙一号証、成立に争いのない甲二号証、一四号証の一及び二並びに弁論の全趣旨によれば、被告が、別表の第二級以下の場合についても給付するようになつたのは、昭和五一年八月一日以降に発生した交通事故によつて受傷した共済加入者に対してであり、それ以前の交通事故については、死亡または廃疾の場合のみを給付の対象としていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  同2の事実中、交通事故が昭和五〇年七月一七日、原告主張の場所で発生したことは、当事者間に争いがない。

三  そうすると、原告が生存していることは明らかであるから、本件契約によつて給付を受けられるのは、原告が本件交通事故により廃疾となつた場合のみである。そこで、原告が廃疾であるか否かにつき検討することとする。

成立に争いがない甲二五号証(当裁判所昭和五四年(ワ)第六六号損害賠償請求事件につき、同事件の原告でもある本件原告の、本件交通事故による後遺障害について鑑定人が鑑定した結果を記載した書面である。なお、乙二号証と同一である。)。によれば、以下の事実が認められる。

鑑定人が昭和五六年九月一六日に原告を診察及び検査した結果に、それ以前に、原告が診療を受けた機関の検査資料によつて、明らかにされた原告の現症状の内容のうち、交通事故と関連を有すると思われる他覚的所見等は次のとおりである。

1  「脳波異常(昭和五一年六月一一日 日大病院脳波)」過呼吸時のビルトアツプ

2  「頸部症候群」頭痛、頸部痛、頭頸部圧痛、頸部運動制限、上肢のしびれ、反射の左右差、めまい、平衡障害は、頸椎捻挫の後遺症状として、しばしば複合して出現するから、これを総合して頸部症候群とする。これにはしばしば自律神経失調を伴う。心頻拍、脈搏の左右差もこれに含めうる。頸椎の変形、変位、椎骨動脈のくびれは、修飾因子として症状の増悪に関与している可能性はある。

3  「腰部症候群」腰痛、下肢しびれ、歩行障害等

4  「痙攣発作」原告に(外傷性)てんかんの症状はない。すなわち、てんかんとは、脳神経細胞の同期的、過剰な発射によりもたらされる痙攣あるいは失神を主徴とする疾患であるが、痙攣、失神をもたらす病態はてんかんだけではなく、心因性のものなど数多くのものがある。脳神経細胞の同期的・過剰な発射が証明されて始めて、てんかんという病名がつくのである。てんかんという診断は、臨床的症状と、それを裏付ける脳波所見が具備したときになされる。すなわち脳波が有力な検査手続になる。発作間欠期にあつても、神経細胞の過剰な放電が、棘波(スパイク)や鋭波(シヤープウエーブ)あるいは棘徐波結合(棘波と徐波が連結して出現する脳波パターン)として捉えられるからである。原告は、昭和五六年九月一六日、鑑定脳波記録中、痙攣発作を二度起こしており、日大神経内科においても痙攣発作が起きている所見がある。しかし、鑑定以前の脳波には一度も棘波は認められていないのみか、鑑定時の痙攣発作のときも棘波は認められていない。また、発作時の脳波もてんかん特有のパターンを現出しておらず、むしろ心気的な症状が前景となつている。また、原告の発作がてんかんかもしれないことを示唆する唯一の脳波所見は、前出のビルトアツプ、すなわち非突発性徐波の出現あるいは増強であるが、過呼吸を二、三分行うと成人の正常者においても一〇パーセント程度みられるのであつて、これのみではてんかんの証拠とはならない。原告の脳波の基礎律動は概ね正常である。そうすると、原告の痙攣発作は、神経精神症候としての失神痙攣と判断される。

以上の事実が認められ、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる甲四号証から七号証までの各二は措信できず、成立に争いがない甲八号証から一二号証までの右認定と異なる部分については、甲二五号証と対比して措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の各症状を総合してみても、仮に、そのすべてが本件交通事故と因果関係があるとしても、原告が廃疾すなわち別表の第一級に相当する症状があるとは到底いうことができず、既に排斥した各証拠を除く本件全証拠によるも、右事実を認めるに足りる証拠は存しない。

従つて、原告は廃疾ではないから、本件契約による給付の対象とはならない。

四  以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

別紙図面

<省略>

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